2006年11月13日

チャーリー・チャップリン 『独裁者』の演説

I'm sorry but I don't want to be an Emperor. That's not my business.
I don't want to rule or conquer anyone.
I should like to help everyone if possible, Jew, gentile, black man, white.

申し訳ない 私は皇帝になりたくない
支配はしたくない
できれば援助したい ユダヤ人も黒人も白人も

We all want to help one another, human beings are like that.
We all want to live by each other's happiness, not by each other's misery. We don't want to hate and despise one another.
In this world there is room for everyone and the earth is rich and can provide for everyone.

人類はお互いに助け合うべきである
他人の幸福を念願として お互いに憎しみあったりしてはならない
世界には全人類を養う富がある

The way of life can be free and beautiful. But we have lost the way.
Greed has poisoned men's souls has barricaded the world with hate, has goose-stepped us into misery and bloodshed.

人生は自由で楽しいはずであるのに
貧欲が人類を毒し 憎悪をもたらし 悲劇と流血を招いた

We have developed speed but we have shut ourselves in, machinery that gives abundance has left us in want.
Our knowledge has made us cynical, our cleverness hard and unkind.

スピードも意思を通じさせず 機械は貧富の差を作り
知識をえて人類は懐疑的になった

We think too much and feel too little,
more than machinery we need humanity,
more than cleverness we need kindness and gentleness,
without these qualities, life will be violent and all will be lost.

思想だけがあって感情がなく
人間性が失われた
知識より思いやりが必要である
思いやりがないと暴力だけが残る

The aeroplane and the radio have brought us closer together.
The very nature of these inventions cries out for the goodness in men, cries out for universal brotherhood for the unity of us all.
Even now my voice is reaching millions throughout the world, millions of despairing men, women and little children,
victims of a system that makes men torture and imprison innocent people.
To those who can hear me, I say "Do not despair".

航空機とラジオは我々を接近させ
人類の良心に呼びかけて 世界をひとつにする力がある
私の声は全世界に伝わり 失意の人々にも届いている
これらの人々は罪なくして苦しんでいる
人々よ 失望してはならない

The misery that is now upon us is but the passing of greed,
the bitterness of men who fear the way of human progress,
the hate of men will pass and dictators die,
and the power they took from the people will return to the people,
and so long as men die, liberty will never perish.

貧欲はやがて姿を消し
恐怖もやがて消え去り
独裁者は死に絶える
大衆は再び権力を取り戻し
自由は決して失われぬ!

Soldiers, Don't give yourselves to brutes,
men who despise you and enslave you - who regiment your lives,
tell you what to do, what to think and what to feel,
who drill you, diet you, treat you as cattle, as cannon fodder.

兵士諸君 犠牲になるな
独裁者の奴隷になるな!
彼等は諸君を欺き
犠牲を強いて家畜の様に追い回している!

Don't give yourselves to these unnatural men, machine men, with machine minds and machine hearts.
You are not machines. You are not cattle.
You are men.
You have the love of humanity in your hearts.
You don't hate, only the unloved hate. Only the unloved and the unnatural.
Soldiers! Don't fight for slavery, fight for liberty.

彼等は人間ではない! 心も頭も機械に等しい!
諸君は機械ではない!
人間だ!
心に愛を抱いてる
愛を知らぬ者だけが憎み合うのだ!
独裁を排し 自由の為に戦え!

In the seventeenth chapter of Saint Luke it is written "the kingdom of God is within man" -
not one man, nor a group of men - but in all men - in you, the people.

"神の王国は人間の中にある"
すべての人間の中に! 諸君の中に!

You the people have the power, the power to create machines, the power to create happiness.
You the people have the power to make life free and beautiful, to make this life a wonderful adventure.

諸君は幸福を生み出す力を持っている
人生は美しく 自由であり すばらしいものだ!

Then in the name of democracy let's use that power - let us all unite.
Let us fight for a new world,
a decent world that will give men a chance to work, that will give you the future and old age and security.

諸君の力を民主主義の為に集結しよう!
よき世界の為に戦おう!
青年に希望を与え 老人に保障を与えよう

By the promise of these things, brutes have risen to power, but they lie.
They do not fulfil their promise, they never will.
Dictators free themselves but they enslave the people.

独裁者も同じ約束をした
だが彼らは約束を守らない!
彼らの野心を満し 大衆を奴隷にした!

Now let us fight to fulfil that promise.
Let us fight to free the world, to do away with national barriers, do away with greed, with hate and intolerance.
Let us fight for a world of reason, a world where science and progress will lead to all men's happiness.
Soldiers! In the name of democracy, let us all unite!

戦おう 約束を果す為に!
世界に自由をもたらし 国境を取除き 貧欲と憎悪を追放しよう!
良心の為に戦おう 文化の進歩が全人類を幸福に導くように
兵士諸君 民主主義の為に団結しよう!

Hannah, can you hear me?
Wherever you are, look up Hannah.

ハンナ 聞こえるかい
元気をお出し

The clouds are lifting, the sun is breaking through.
We are coming out of the darkness into the light.
We are coming into a new world.
A kind new world where men will rise above their hate, their greed and their brutality.

ご覧 暗い雲が消え去った 太陽が輝いてる
明るい光がさし始めた
新しい世界が開けてきた
人類は貧欲と憎悪と暴力を克服したのだ

Look up Hannah.
The soul of man has been given wings - and at last he is beginning to fly.
He is flying into the rainbow - into the light of hope, into the future,
the glorious future that belongs to you, to me, and to all of us.
Look up hunna. Look up.

人間の魂は翼を与えられていた やっと飛び始めた
虹の中に飛び始めた 希望に輝く未来に向かって
輝かしい未来が君にも私にもやって来る 我々すべてに!
ハンナ 元気をお出し!
posted by laika at 23:32| Comment(25) | TrackBack(0) | 人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ダグラス・エンゲルバート

伝説のデモンストレーション
 1968年12月9日サンフランシスコで開催されたJoint Computer Conferenceにおいて エンゲルバートは彼とそのチームが作り上げたNLS(oN Line System )のデモンストレーション を行った。この90分のデモが伝説となって語り継がれているのは、 SFにでもでてきそうなコンピュータの使い方がそこにあったからだ。 いまでは当たり前になっているが、コンピュータの画面に映し出された映像を インタラクティブに人間が操作するということを実際に参加者に見せたのだった。 若き日のアラン・ケイもそこにいて、大きな影響をうけた。

今日のコンピュータ環境の原型をつくった人
 エンゲルバートを単にマウスの発明者としてくくってしまうのは実に気が引けるのだが、 一言で彼の業績を言い表すと「今日のコンピュータ環境の原型を作った人」といった やや抽象的な表現になってしまうのだ。彼のNLSは自由な描画が可能な ビットマップ・ディスプレイをはじめ、画期的なポインティング・デバイスである マウス、マルチ・ウインドウによる表示形式、最初のスクリーン・エディタ、 電子メールシステムなどが備わっていた。 こうした発想でのコンピュータ利用はバッチ計算主体の当時にはないものだった。 1968年という時代は ビル・ゲイツ が高校生でPDP―10のタイムシェアリング・サービスで初めてコンピュータに接した頃だった。彼はそれに熱中したが、それはテレタイプ端末に手短なコマンドをタイプすると、しばらくして結果がロール紙に印字されるようなものだった。そうした時代にエンゲルバートのデモがいかに斬新で革命的だったかが想像できるのである。

目にとまった一つの論文
 ダグラス・エンゲルバートは1925年米国オレゴン州ポートランドで生まれた。 1942年オレゴン州立大学に入学し、電子工学を専攻した。 すぐに第二次世界大戦のため2年間アメリカ海軍のレーダー技術者としてフィリピン戦線に従軍した。 1945年戦争が終わると復学し、1948年オレゴン州立大学を卒業した。 1950年NACA(米国航空学諮問委員会)エイムズ研究センターに職を得たが、 まもなく1951年カリフォルニア大学バークレー校の大学院に入学し、 1955年電子工学で博士号を取得した。1957年(SRI)スタンフォード研究所 に勤務が決まり、ここで落ち着くことになる。1963年に温めていた構想を論文の形で発表した。 「人間の知性を拡大するための概念構成について」 "A conceptual framework for the augmentation of men's intellect"と題されたこの論文は、当時サザランド の後任として高等研究計画局の情報処理技術部副部長に就任していた ロバート・テイラー の目にとまり、1964年スタンフォード研究所に高等研究計画局の援助が下りることになった。その資金をもとに研究所にARC( Augmentation Research Center ) が設立されることになった。エンゲルバートはスポンサーを得て、彼の構想に基づくNLSの開発がスタートし、1968年に上記デモとなった。

NIC構想とBootstrap Alliance
 エンゲルバート氏はもう相当な高齢で、普通なら功成り名遂げて悠々自適の隠居生活 でもいいはずなのだが、どっこい彼はまだ進むことをやめていない。こうしたことは、 IBM360のデザイナーだった ジーン・アムダール などにもいえることで、スーパーコンピュータの セイモア・クレイ も生きていればそうだろうと思う。彼らのように頑固一徹にテクノロジーの世界を生き続けるその姿をみると畏敬の念禁じ得ない。エンゲルバート氏は長年提唱しているコンピュータを使った知識の共有であるNIC( Network Improvement Community )構想を推進するためにブートストラップ・アライアンスを1997年に設立し、現在も理事として活躍中である。

未完の革命
 昨年(1998年)12月9日にスタンフォード大学の音頭で開催された伝説の デモンストレーションの30周年記念シンポジウムは「未完の革命」 (Engelbart's Unfinished Revolution )とタイトル付けされていた。 30年前にエンゲルバートが頭に描いていた「知の共有のためのコンピュータ・システム」 というアイデアはまだ実現されておらず、進行中なのだ。

自分で決めた一本の道
「エンゲルバートはヴァネバー・ブッシュのように、人類が解決すべき問題全体の複雑性と緊急性が、社会に培われてきた問題を取り扱う方法を超越するような時代に突入しつつあることに気がついた。またリックライダーが数年後にわかったように、問題解決における情報の取り扱いという副次的な方法自体が、すべての問題への鍵 となることが理解できた。最も重要なのはもはや知識の全体量を増加させるための方法を発明することではなく、すでにどこかに見つけられて隠れている答えをつきとめる方法であった。「複雑化した問題を扱う能力を改善できるのなら、人類に著しく貢献できるだろう。それこそ自分の考えていたものではないか。そうして私はそれに手を着けたのだった」」 ....「思考のための道具」ハワード・ラインゴールド著より

 25歳の時に決めたこの目標は50年たった今も彼の目標である。 自分で決めた長く続く一本の道を彼は歩んでいる。迷いはないはずだ。

まずはメモ。
引用元はちえの輪WEBから
posted by laika at 08:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分の感受性くらい

「自分の感受性くらい」(茨木のり子)


ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友達のせいにするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時間のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
posted by laika at 04:47| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いま、小学校へ通っているぼくへ。

 やあ、ぼく、久しぶり、元気?

 今日は君に――いつも想像している30才くらいの私ではなくて。10才くらいの君に――わかっておいて欲しいことがある。これは私よりもっと年上のひとが考えたことや、私たちよりもっと昔の時代のひとが考えたことだけど、いまでも充分通用することだ。

世の中には、自分の正しさを疑えないひとがいる。

 正しいってなんだろう? 辞書によれば「まっすぐで歪んでいない」「事実に合っている」「道徳、法律、作法などにかなっている」と書いてある。

 この三つは、全部違うことをしめしている。

「道徳、法律、作法」というものは、時代や場所によって、変わってしまうものだ。学校では制服を着なきゃいけなかったり、上履きを履かなきゃいけなかったりするけど、よそじゃそんな決まりは関係ない。江戸時代はちょんまげに着物が正装だった。

「事実に合っている」というのは、たぶん科学的にはかなり正しいと言い切れないこともない、という意味だ。事実は不変だけど、それを見る人間の目は不変じゃない。

「まっすぐで歪んでいない」というのが一番「正しい」と言ったときに想像するものじゃないだろうか。だけどこれは「そうだといいなあ」というくらいのことでしかない。人間は想像の中でしか、まっすぐで歪んでいないものには出会えない。

 三つとも、全部違うことをしめしている。なのに、この三つを一緒に考えてしまうひとが、世の中にはいる。昔の私がそうだし、今でもよく間違える。

 そのひとはきっと、こう言うだろう。

「この理屈は道徳的で正しいから従わなければならない」

「この考えはまっすぐで歪んでいないから事実に合っている」

「まっすぐで歪んでいない生活をして道徳的に正しくなろう」

 うん、これは間違いだ。どれも一緒にしちゃダメだ。

正しいという言葉は、軽々しく使っていい言葉じゃない。

 なんだ、じゃあ世の中に正しいことなんてないんじゃないか、自由にやろうぜ、ロックンロール!

 と、早合点するのはちょっと待ってほしい。

 それでもやっぱり、正しさというのは必要だ。それは誰のものでもない、君にとっての正しさだ。

 君は牛乳が好きか嫌いか。もし好きなら、牛乳を嫌いな友達のことをどう思うか。もし嫌いなら、牛乳を飲めと言ってくる先生のことをどう思うか。

 君は自分の考えを正しいと思うだろう。同じように、友達や先生も、自分たちの考えが正しいと思っている。だからどうしても、牛乳に関する意見は、対立する。

 対立したときに、君も友達も先生も、きっと自分の正しさが、一番だと思うはずだ。だからいっしょうけんめい、自分の方が正しいということを、言い合うだろう。

 でもその時に、君が言うなら、どっちの方を選ぶかな。

A「牛乳は牛の乳だから、人間には合わない、飲まない方がいい」

B「なんかくさい、のみたくない」

 なんとなくAの方が正しいことを言っているように見えないか。

 でも私はね、Bの方が、正しいと思う。それはなぜかというと「牛の乳だから人間には合わない」かどうか、私にはわからないからだ。

 だけど、君が牛乳を「のみたくない」と思ったことだけは、たぶんかなり正しいと思って間違いない。君がとんでもないうそつきでなければ、おそらく本当だ。

 だから私も、うそをつかないようにしよう、昔はたくさんうそをついたからね。

 もし私がいま、君の先生なら、こう言うだろう。

A「牛乳は体にいいから飲みなさい、背も伸びるぞ」

B「いいから飲め」

 牛乳を飲むことが本当に正しいかどうかは別として、私はたぶん仕事として、君に牛乳を飲ませなきゃならない。だからやっぱりAの方が正しいっぽく見えるけど、Bを選ぶだろう。

 その時に、ただそう言うだけじゃなくて、こうやって理由を話しあえればいい。

私「牛乳を飲め、飲ませるのが私の仕事だから、飲まないと困る」 

君「だけど牛乳はくさくてのみたくない、どうすればいい?」

 議論というのは、ここから始まるものだと、いまの私は思う。

 このときに、お互いが、理由を説明しないで、正しさだけをぶつけあったら、どうなるだろう。

私「牛乳を飲め、飲まないと叩く」

君「いやだ、飲まない、飲んでも吐く」

 これじゃ、どちらも悲しい。牛乳だってもったいない。

 だから、とりあえず「正しい」かどうかは、置いておこう。

 「正しい」ということは、もっと君にとって大切なときに、使うものなんだ。

「正しい」の正しい使い方。

 君にもいつか、好きなひとができるだろう、もういるのかい? それは大人だな。さあ、その好きなひとが、ひどい目にあったと想像してごらん。そのときに、君はどうする? ひどい目にあわせた奴と戦う?好きなひとと一緒に逃げる?隠れて力をつけて、いつかやっつける?

 そう、君が読んでるマンガで、いつもやってることだ。マンガとは違うけど、ずっと生きていると、いつか自分の正しさを選ばなきゃならないときが来る。その時何を選ぶかは、君の生き方が決める。

 私はずいぶんと適当に生きてきたから、とてもかっこわるいことしか選べなくなってしまった。

 だけど君は、まだあまり……私に比べたら、まだ悪いこともひどいこともしてないだろう。だから、きっといつか「正しい」ことができるし、それを自信をもって選べる。

 どうか、その時のために、君にとっての正しさは、大切にとっておいてほしい。牛乳を飲むか飲まないか、なんて議論で、ムダに使わないでほしい。

 世の中には、自分の正しさを疑わないひとがいる。

 そんなひとと出会ったら、どんなにそのひとが間違ったことを言ってても、それが君の正しさをぶつけるべき相手かどうか、よく見て考えよう。もしそんな価値がなかったら、君はそんなひとのために、正しさを使う必要なんてないんだ。

 もっと大切なときのために、自分の「正しい」はとっておこう。

 私のように間違って使ってしまい、あとで後悔しないためにね。



-----------------------------------
引用元 絶叫機械+絶望中止
途中まで何か本からの引用かと思ってました。すごいや!!

posted by laika at 04:09| Comment(3) | TrackBack(0) | 切り抜き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サラ・ブライトマン(Sarah Brightman)

最近テレビでtime to say goodbyeを歌ってらっしゃるのを見ました。凄いでしたー他の方が歌っている同曲も聴いてみたのですが、この方の声は与える雰囲気が全然違う風になるというか・・・そーっとやわらかい毛布に包まれていくような感じがします。歌っている場所も東京タワーの上の展望台で、街の光と

1960年8月14日産まれ・・ということは今現在50近くでいらっしゃるということですか・・・?テレビで見てたらすっごい若く見えたので(30歳代くらいかと思ってました)吃驚です。美容にも物凄く気を使って年を重ねてらっしゃるんですかねー。
イギリスのソプラノ歌手ということで。
13歳の時にピカデリーシアターの「I and Albert」で劇場デビュー。16歳でダンスグループの「バンズ・ピープル」の一員に。18歳の時に「サラ・ブライトマン・アンド・ザ・ホット・ゴシップ(サラ・ブライトマン・アンド・ザ・スターシップ・トゥルーパーズに改名)」として全英チャート最高6位のヒットを放つ
華々しく活躍していますね〜!
21歳で、ロンドンのミュージカル「キャッツ」のオリジナルキャストとしてジェミマ役で出演し、その後さまざまなミュージカルに出演。
1984年、23歳の時にアンドリュー・ロイド・ウェバーと結婚(1990年離婚)
1986年、ロイド・ウェバーのミュージカル「オペラ座の怪人」のオリジナルキャストとしてクリスティーヌ役で出演し一躍トップ歌手に。
結婚生活6年間だったのですね。旦那さんとは同業だったのですか〜
この後はNHKに出演したり、バルセロナオリンピックでホセ・カレーラスとデュエットしたり(五輪のテーマソング『アミーゴス・パラ・シエンプレ - Amigos Para Siempre』)フランク・ピーターソンとコラボでアルバム(『Dive』)出したりとソロ音楽活動を頑張っていらっしゃるそうです。
今回テレビで見たのは、そういうソロ期にアンドレア・ボチェッリ(Andrea Bocelli)とデュエットした『time to say goodbye』のソロ版ですね。
アンドレアは盲目のでいらっしゃったそうで。サラが歌いたくてモーションかけてデュエットが実現したそうです。
アンドレアはアンドレアで物凄い人生を送ってらっしゃいますね(12歳の頃サッカーボールが当たって脳内出血で失明、その後は障害を乗り越えて法学博士号を取得し弁護士として活躍、しかし歌手の夢が捨てきれず、世界的なテノール歌手ルチアーノ・パバロッティとイタリアを代表とするロック&ポップスの歌手ズッケロに見出され1994年に念願の歌手デビュー。1994年のサンレモ音楽祭新人部門で優勝し、イタリアン・ポップス、カンツォーネの名曲を満載したアルバムを2枚発表した後、「VIAGGIO ITALIANO」というアリアやナポリターナなどを歌ったアルバムを発売し、ヨーロッパ中で大ヒットとなる。)
アンドレアの項目を作ってもいいくらいに書いたような感じになってきました(笑)

美しい歌曲を産みだしたアンドレア・ボチェッリとその曲をピックアップしたサラ・ブライトマンの感性は素晴らしいですね。

サラの曲は、日本では
「ニュースステーション」のオープニングテーマ曲「サラバンド」
トヨタ・マークXのCMソング
テレビ朝日のサッカー中継
大韓航空機撃墜事件特集番組のテーマ曲「クエスチョン・オブ・オナー」等
posted by laika at 03:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Sarah Brightman/Time to say good bye

Quando sono solo Sogno all' orizzonte
(ひとりきりでいるとき 私は水平線を夢見る)

E mancan le parole
(そして なにも言えなくなってしまう)

Si lo so che non c'e luce In una stanza quando manca il sole
(部屋の中は 暗い 太陽の光が ないから)

Se non ci sei tu con me: con me
(あなたが 私のそばにいないと 太陽も消えたまま)

Su le finestre Mostra a tutti il mio cuore
(窓から 私の心が 広がっていく)

Che hai accoso
(あなたのものになった 心が)

Chiudi dentro me
(あなたは そんな私に 光をふりそそいでくれる)

La luce che Hai incontrato per strada
(あなたが 道端で見つけた 光を)

Time to say goodbye
(タイム・トゥ・セイ・グッドバイ)

Paesi che non ho mai
(いままでに)

Veduto e vissuto con te Adesso si li vivro
(見たことも おとずれたこともない場所を)

Con te partiro
(私はこれから あなたとともに 航海していく)

Su navi per mari Che io lo so
(船に乗って 海を越えて)

No no non esistono piu'
(もう どこにも なくなってしまった海を 越えて)

It's time to say goodbye
(イッツ・タイム・トゥ・セイ・グッバイ)

Quando sei lontano Sogno all'orizzonte
(あなたと はなれているとき 僕は水平線を夢見る)

E mancan le parole
(そして なにも言えなくなってしまう)

E io silo so Che sei con me,con me
(でも もちろん わかっている あなたは 僕と ともにいるんだ)

Tu mia luna tu sei qui con me
(あなたは僕の月 僕のそばをはなれない)

Mio sole tu sei qui con me,
(僕の太陽 あなたは 僕とともにいてくれる)

Con me,con me,con me
(僕とともに 僕とともに 僕とともに)

Time to say goodbye
(タイム・トゥ・セイ・グッドバイ)

Paesi che non ho mai
(いままでに)

Veduto e vissuto con te
(見たことも おとずれたこともない場所を)

Adesso si li vivro Con te partiro
(私はこれから あなたとともに 航海していく)

Su navi per mari Che io lo so
(船に乗って 海を越えて)

Con te io li rivivro
(あなたとふたりで 蘇らせよう)

Con te partiro'
(あなたとともに 旅立とう)

Su navi per mari Che io lo so
(船に乗って 海を越えて)

No no non esistono piu'
(もう どこにも なくなってしまった海を 越えて)

Con te io li rivivro
(あなたとふたりで 蘇らせよう)

Con te partiro'
(あなたとともに 行こう)

lo con te
(あなたと 旅立とう)
posted by laika at 03:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌詞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

村上春樹のカフカ賞受賞式

村上春樹氏関連ウェブメモ
村上春樹のカフカ賞受賞式の会見は、本人いわく“人生初めての記者会見”。そういえば、こんなに有名な人なのに、大勢の前で話しているとこって見たことがない。
その理由は「小説を書くのが僕の仕事で人前で話すことではない。普通にバスや地下鉄で東京の町を動き回りたいし、映像が出て大勢の人に認識されたくないんです」とのこと。
“人に認識されたくない”っていうのが氏らしくていいなぁ(笑)(2006-11-1)

記者会見を見逃してしまった。超悔しいです。
記者会見の模様を伝えてくださったカジポン氏に感謝です。
『認識されたくない』ってとても正確な表現だと思いました。
文字を専門に扱う職業の方の言葉らしい感じ。

超リスペクトの文芸ジャンキー・パラダイス様の日記(?)からでした。
posted by laika at 02:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 村上春樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人生、宇宙、すべての答え

Googleで、
『人生、宇宙、すべての答え』
で検索すると、
答えは『42』と出る。
posted by laika at 00:00| Comment(5) | TrackBack(0) | トリビア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

星の子

私たちの遺伝子中の窒素も、歯の中のカルシウムも、血液中の鉄も、かつて収縮した恒星の内部で作られた。私たちの体は、すべて星の物質でできている。私たちは、きわめて深い意味において「星の子」なのである(カール・セーガン)天文学者
&動物、植物、異星人を含め、星は我々共通の祖先です(フランク・ドレイク)天文学者
※ 宇宙誕生時には水素とヘリウムしかこの世に存在しなかった。だが、星々が寿命を迎える時に、酸素、炭素、窒素などを作り出していったので、これら「星のかけら」を集めて僕らの身体が作られれた。あの太陽だって宇宙の誕生時からあるわけではなく、太陽系が誕生する以前にこの宙域で死んでいった星々のかけらからできている(地球も同様)。つまり、太陽や地球、そして人類は、元をただせば親(先祖の星)が一緒なんだ!
事実に基づく言葉はどれも強力な力があるように感じます。
posted by laika at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

村上春樹、カフカ賞を授賞

「チェコの作家、カフカを記念し、国際的に優れた作家に与えられるフランツ・カフカ賞の授賞式が30日夜、プラハで行われ、今年の受賞者である村上春樹さん(57)に、主催者から賞が授与された。

村上さんは、授賞式で「15歳の時にカフカの『城』を読み、ものすごいショックを受けた。私の小説『海辺のカフカ』はカフカへの賛辞でもある。その小説のチェコ語訳がちょうど1週間前に出たばかりで、今日の式は完璧(かんぺき)なタイミングでした」と英語であいさつ。また、式の前に行われた記者会見では、ノーベル文学賞の候補の1人と目されたことについて「賞には関心がない。読者が私にとっての賞です」と話した。

村上さんは、マラソンランナーらしく、革のスニーカーをはいて陽子夫人と式に出席。カフカをかたどった記念品のブロンズ像を手渡されると、笑顔で「重いね」。審査委員は「村上作品は芸術性の高さと人間性にあふれ、しかも現代的」と授賞理由を語った。副賞は1万ドル(約117万円)(プラハ 共同)」
革のスニーカーどういうデザインだったのか気になります、見てみたかった。
春樹氏は、
「本は自分の内部の凍った海を打ち砕く斧でなければならない」
とカフカが友人へ宛てた手紙の一節を引用し、
「これこそまさに私が書きたい本なのです」
とスピーチを締められたそうです。

創作をする者にとってはなにか心の芯を掴まれるような
そんな気持ちになる言葉でした。たまりません。
posted by laika at 00:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 村上春樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。